天人午睡-scene9-

 さわ、と開け放された廊下から涼しい風が入ってくる。ひどく静かだ。戦に出ていた男達が帰ってきているから屋敷の中の人間は増えているのだろうけど、母屋から離れたここからだとそんな気配も伝わってこなかった。
 ナナリーはどうしているだろう、とふと思った。朝はちゃんと食べただろうか。いつもは自分の食事を先に済ませてからナナリーのところへ行くようにしていたけれど、スザクが帰ってきたらそれも難しいだろうと、今日はまだ顔を出していなかった。
 それにしても、昨夜は一体なんだったのか。



 朝目が覚めてみると、スザクはもういなかった。自分はというといつの間にか横になっていて、打ち掛けを被せられていた。スザクの仕業なんだろうか。
 膳を持ってきたミレイに スザクは、と尋ねてみると、苦笑混じりの答えが返ってきた。
「さすがに今日は休むようにと周りが説得したみたいですよ。放っておくと無茶をなさる方ですからね。」
 なぜだかほっとした。それなら大丈夫だろう。質問ついでにもう一つ、気になっていることを聞いてみた。
「…ミレイは、その…赤い髪の女を知っているか?」
「ああ、カレン様ですか?」
「カレン?」
 どうやらそれがあの女の名前らしい。
「カレン様は若の乳兄妹でいらっしゃいますよ。女武者としても勇猛でいらして、この度の戦でも若とともに多くの武勲を上げられたそうです。」
 なるほど。まぁ故郷の母や姉も女性にしては勇ましい方だし、人間にもそんな女がいるのだろう。
 ではあのカレンという女はスザクとともに戦っているということか。きっとスザクも彼女を信頼しているのだろう。なんだかそれがひどくうらやましいような気がした。
 庭から入ってくる心地よい風に身を預けて緑の木々に目を向けていると、同じ色の瞳を思い出さずにいられない。
 スザクはどうしているだろう。怪我をしていたようだけれど、どれぐらいひどいのだろう。また戦が起これば同じことが繰り返されるのだろうか。
 あの泉がある限り

「あら。あの馬鹿来てないの?」

 突然聞こえた声に驚いて顔を上げれば、廊下の端に腰を下ろした女がいた。あのカレンという女だ。どうやら庭の方からやってきたらしい。
「ナナリーのとこにもいないから、てっきりここだと思ったのに…どこ行ったのかしらあの馬鹿。」
「スザクのことか?」
 そう、とカレンが頷いた。どうやらスザクの姿が見えないらしい。怪我人のくせにどこに行ったというのだろう。
「…スザクの怪我はひどいのか?」
「ん?まぁちょっとね。でもいつものことだし。」
「いつも?」
「そうよ。だってあいつ、いつも先陣切って飛び出していくから。毎回集中攻撃よ。死なないのが不思議ね。」
「っな…」
 思わず絶句してしまった。なんだそれは。
「ここにはまともな参謀はいないのか!?戦意高揚のためとはいえ大将が毎回前に出てどうする!」
「…私に怒られたってね…」
「…すまない」
 そう詫びるとカレンはひょいと肩をすくめた。思わず声を上げてしまったが、別に自分が腹をたてることではないはずだ。 
「…まぁ私達だって最初は一応止めたわよ。でも聞かないのよ。しょうがないから私やジノ…こいつはスザクの従弟だけど。周りが援護することにして。それでも突っ切って行っちゃうんだけどね。」
「……」
 あいつはどうやらとんでもない馬鹿らしい。
「なんならあんたから言ってやって。あんたの言うことなら耳を貸すかもしれないし。」
「は?」
 どこをどう考えればそういう結論になるんだろうか。
「…そういうことはお前が言えばいいだろう。」
「言って聞くような奴なら何遍でも言ってるわよ。あいつを大人しくさせようとしたら殴って気絶させるか一服盛るしかないわね。」
 恐ろしいことを言う女だ。
「だからあんたから言ってやって。スザクがこんなとこに後生大事に隠しとくような相手なら私達がとやかく言うよりましでしょ。」
「……は??」
 こういうのは監禁と言うんじゃないのか。
 そんなこちらの疑問など察する様子もなく、じゃあね、と手を振ったカレンはすたすたと庭を横切って去っていった。
 疑問ばかりを残して。











 結局スザクが姿を見せたのは日も暮れた頃だった。
 いきなり現れたスザクに思わず身を固くしていると、スザクはぽつりと言った。
「…何してんだ」
「……見ての通りだ」
 夕餉の膳を下げに来たミレイが持ってきたのは漢詩の本だった。ミレイの祖父のものだとかで、他には誰も読まないから、と持ってきてくれたので興味深く読ませてもらっていたのだ。
 文机の上のそれにちら、と目をやったスザクはしかしひょい、とそれを取り上げると、ぐいと腕を引っ張り上げた。ぎく、と体を強ばらせると、スザクが小さく溜息をついた。
「…別にとって食いやしないから来い。」
「ど…どこにだ。」
「ナナリーが会いたがってる。」
「え?」
 ぽかん、としている間にスザクはぐいぐいと自分を引っ張っていく。
「ちょ…ちょっと待て、お前、」
「黙ってついてこい。」
 なんなんだこいつは。この前は近づいただけで怒ったくせに。
 明かりが灯された庭に降りると、いつものように垣根の扉を開けて馬場を突っ切って離れへの道を歩いていく。一言も口をきかず、ずんずん歩いていくスザクにわけのわからないまま引っ張られていくしか無かった。
 まったく状況を理解できないままもう通い慣れた廊下を歩くと、明かりの漏れる部屋。そこから誰かの声が聞こえる。
「まぁ、ナナリー様。お兄様がルルーシュ様を連れてきてくださいましたよ。」
 そう言ってナナリーに笑いかけているのはミレイ。顔を上げたナナリーの膝でなぅ、とアーサーが歓迎するように鳴く。それだけならいつもの光景だが、今日は見慣れない顔があった。
「おぉ、なるほどなぁ。こりゃスザクが大事に隠しとくわけだ。」
「手出さない方がいいわよジノ。スザクに殺されたくなけりゃね。」
「お?妬いてくれてんの?」
「うるさい。」
 カレンとそんな会話を交わしているのは金髪の男。年はスザクと同じか少し上だろうか。そういえば昼間カレンがスザクには従弟がいるとか言っていたような、と思い出していると
「何してる。出ていけ。」
「まぁまぁ、そう言うなって。スザクがすごい美人囲ってるってカレンから聞いてさ、ちょっと顔だけでも…」
「出ていけ」
 きっぱりと言い切るスザクの声にも表情にもとりつく島が無い。かと思うと おぉこわい、と肩をすくめる男につかつかと近づいていく。まさか本気でつまみ出すつもりだろうか。
 と、その足がぴたりと止まった。見ればナナリーの手がスザクの袴の裾を捕まえている。
「…若。ナナリー様が仰ってるんです。たまにはよろしいじゃありませんか。」
「……」
 ミレイのなだめるような声に ちら、とナナリーを見やったスザクは一度だけジノに鋭い視線を投げると、またこっちに戻ってきた。どうするつもりかと思っていると、ぐい、と腕を引かれて隣に座らされる。あれあれ、と意味ありげに笑うジノにもう一度、きつい視線が飛んだが、相手はあまり堪えてなさそうだ。この二人はいつもこうなんだろうか。
「…ルルーシュ様。琴をお聞かせ願えませんか?ナナリー様が是非、と仰ってますので。」
「え?…ああ…」
 ミレイの言葉に目をやると、ナナリーの顔にほんのわずか、笑みが浮かんだ。その表情にほっとする。少しずつでもこうして彼女に笑顔が戻ってくれたらいい。
 いつものように琴の前に座ると琴爪をつけた。軽く調弦を済ませると、ナナリーが好きな曲を奏でる。これは弟も好きだった曲だ。好みが似ているのかもしれない。
 静かな部屋の中に流れる琴の音色。あのお調子者らしい金髪の男もどうやら黙って聞いているらしい。ちら、と様子を伺うと、ナナリーはアーサーを膝に乗せたままじっと耳を傾けている様子だった。ミレイはそんなナナリーを微笑みながら見やっている。ジノは壁に背を預けて何やら興味津々、という顔をしているし、カレンもその隣でくつろいでいる様子だった。
 彼女らはおそらく自分が天人だとは知らないのだろう。もしその事実を知ったら、彼らもスザクのように自分を憎むのだろうかと思うと、ひどく辛い気がする。そう思ってふと視線を動かすと、
(……?)
 スザクは少し離れて、脇息に身を預けていた。こちらに向けられた目がいつになく穏やかで優しくすら見えて、なぜだか鼓動が早くなる。弦を弾く指まで走ってしまいそうで、慌てて琴に意識を戻した。
 一曲がやけに長く感じた。








 あれこれと聞きたがるジノを振り切るように、自分の腕を引いて立ち上がったスザクはまたもと来た道を戻っていく。先程より傾いた月が馬場の砂を白く輝かせていた。
「…礼を言ってなかったな」
「え?」
「ナナリーが世話になったってミレイ達から聞いた。…お前のことが気に入ったみたいだから、時々顔を出してやってくれ。」
「…いいのか?」
「ナナリーがお前に会いたいって言ってるんだ。大人しく言う通りにしてろ。」
 相変わらず横柄な言い方だが、口調はいつもより優しい気がする。一体どういう風の吹き回しだろう。
「…そういえばお前、昼間はどこに行ってたんだ?カレンが探してたぞ。」
「あいつ、お前のところにまで来たのか?」
「お前が怪我人のくせにいなくなったりするからだ。だから心配していたんだろう。」
「心配なんて柄かよ。あの男女が。」
 まったく、と不機嫌そうな口調だがそれがかえって親しげな気がする。またもやもやしたものが胸の奥に漂いだしたのは何故なんだろう。
「…もういい。一人で戻る。別に逃げやしないからお前はナナリー達のところに戻れ。」
「うるさい。指図するな。」
「いいから離せ!お前がそんなだからカレンが誤解するんだ!」
「誤解?」
 足を止めたスザクがなんのことだ、と言うように振り返る。きょとん、とした顔はなんだか少し幼く見えた。
「…だから、…俺がお前の…何か特別な相手だとか思われたら…お前が困るだろ。」
 カレンがいるのに、と続けるとスザクは今度こそ唖然としたような顔をしていた。思ってもみなかった、という顔だ。
「…馬鹿か?お前」
 心底呆れたような声にいささか腹が立った。こっちが気をつかってやっているのに馬鹿とは何だ。
「…ぅわ!?」
 スザクが突然歩きだしたせいで ぐい、と腕を引かれてつんのめりそうになった。なんだいきなり。
「何わけの分からないこと言ってるんだ?カレンはジノの許婚者だぜ?」
「…は?」
「俺があんな男女にその気になるかってんだよ。ガキの頃から喧嘩しながら育ってんだぞ。今更そんなことあるか。」
「……」
 冗談じゃないぜ、と肩をすくめるスザクに今度はこっちがぽかんとしてしまった。それと同時になぜだか胸が軽くなる。
 浮き沈みする自分の胸の中に困惑しているうちにもとの離れの部屋に戻ってきてしまった。ぱたり、と扉の閉まる音にびくりと体が震える。先日の記憶が鮮明に蘇って、知らず身がすくんだ。
 スザクが振り返る。篝火を映す瞳に射すくめられたように目が離せない。腕を掴んだ手の熱さを意識するとまた鼓動が早くなる。その腕を突然引かれたかと思うと、次の瞬間には思い切り抱き締められていた。
 離せ、と言おうとしたはずなのに声が出なかった。それどころかじんわりと伝わる体温や頬に触れる髪の感触がひどく心地よい。いったいどうしてしまったんだろう。自分はひょっとしてどこかおかしくなってしまったんだろうか。
 そんな風に混乱していたせいだろうか。唇を重ねられても拒むこともできなかった。いつもよりゆっくりと、まるで様子を伺うように入り込んでくる舌にそっと撫でられると強ばっていた体から力が抜ける気がする。本当に、どうなっているんだろう。長く地上にいるせいで、自分の体も変わってしまったのだろうか。
 ゆっくりと、唇が離れる。こちらをみつめる瞳はひどく真剣だった。怒っているようにも苦しそうにも、泣くのをこらえているようにも見える。どうしてそんな顔をするんだろう。
 どのぐらいそうしていたのか、ふいに顔を背けたスザクは突き放すように背を向けた。そのまま何も言わずに立ち去って行こうとする。
「スザク!」
 呼び止めてしまってから後悔した。驚いたように振り返るスザクに、一体何を言おうとしたのかもわからないのに。
「…なんだよ」
「…あ…だから、…さっきの質問の続きだ。」
「質問?」
「だから、…昼間どこに行ってたんだ。怪我人が誰にも行き先を告げずにうろうろするなんて非常識だ。」
 とっさに口をついて出た口実にスザクが不機嫌そうに眉を寄せた。はぁ、とやや大袈裟な溜息が漏れる。
「…じゃあ明日連れてってやる。それでいいだろ。」
「は?」
 今なんて言ったんだ?
 そう問いただす間もなく、くる、と背を向けたスザクは今度こそ振り返ることなく行ってしまった。
 さわ、と頬を撫でる夜の風はどこか柔らかくて優しかった。


















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ジノわん登場。
衣装は例のルルロロCDジャケットか
5~6月カレンダーをご想像ください。(^^;
結構似合うと思ったんですけど。











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