honey moon-epilogue-
「大丈夫ですか?」
「だ....だい、じょうぶ、だっ!」
はぁ、と荒い息をつきながら丘を登る皇子はしかし明らかに大丈夫ではなさそうだ。この体力の無さは昔から変わってないな、と思う。あのときも今のように自分に手を引かれながら休み休み、この丘を登っていったのではなかったか。自分とのあまりの差に呆れつつ、なんだかほっとけない奴だな、と生意気なことを考えていたものだった。
「結婚式」の翌日から、皇子を連れてあちこちを歩いた。母の墓にも二人で花を供えた。先々で出会う誰もが自分だけじゃなく皇子にも親切にしてくれたのが嬉しかった。(仲がいいねぇ、と冷やかされたりもしたけど)
父とも久しぶりにゆっくり話をすることができた。と言ってももっぱら口を開くのは自分で、もとより寡黙な父は黙って耳を傾けていることが多かった。そんなところも相変わらずだな、と思わずにいられない。だからあの装束が両親が結婚した時に使った物だということも婆やの口から聞かされたのだ。
いつか坊ちゃまの大切な方が御越しになったら、と旦那様はずっと大事に取っておかれたのですよ、と目を潤ませる婆やの顔を見ているとこっちまでもらい泣きしそうになってしまったというのは父には内緒だ。
明日にはこの地を離れなくてはならない。毎日のように家に押し掛けてきていた近所の人達からは 寂しくなるよ、またおいで、と声をかけてもらった。たくさんのお土産は先にブリタニアに送ることにしている。あっという間の休日だった。
最後の記念にと足を運んだのは、幼かった自分達が別れた場所だった。
兄の外交にお忍びで同行していた皇子と出会い、友達になった自分が別れの日に皇子を連れてきた「とっておきの場所」。まだあの頃のまま残っているといいのだけれど、と思いながら丘を登ると、やがて覚えのある景色が見えてきた。
「着きましたよ。」
ほら、と指差した先に視線を向けた皇子の表情がぱっと明るくなった。それを見て、やっぱり来てよかった、と思った。
見下ろす丘の下は一面の桜。薄紅色の中にところどころ白や紅色の少しずつ色合いの違う花が雲を拡げたように咲き誇っている。その美しさは幼い頃の記憶のままだった。
「.......綺麗だな。」
「ええ。」
「またここに来られるなんて思ってなかった。」
「僕もです。」
さわさわとやわらかい風に花びらが舞っている。まるで地上に降る雪を空の上から見下ろしているようだ。
と、風に舞い上げられたのか、一枚の花びらがひらり、と皇子の髪の上に落ちた。動かないで下さいね、と告げて手に取ると、花びらはまたすぐに風の中に消えていく。
「.....初めてあなたの姿を拝見した時、僕は桜の妖精が降りてきたのかと思いました。」
「なんだそれ。」
不思議そうに皇子は首を傾げる。あの日、迎賓館を抜け出して散歩していた皇子は疲れて桜の木の下で居眠りをしていたらしい。舞い散る桜の下の可憐な少女を(そのときはそう思っていた)見た自分の、それが第一印象だったのだ。
「妖精じゃなくて残念だったな。」
「そんなことありませんよ。」
妖精よりも天使よりも美しくて尊い人。暗闇に捕われて、無限の地獄の中に堕ちていこうとしていた自分を引き止めて、救い上げてくれた人。離れるな、と言ってくれた人。この人の為ならば何も惜しいものなど無い。全てを懸けてこの人を守っていく。これからもずっと。
「今度は僕が陛下に御挨拶しないといけませんね。」
「いつもしてるだろう?」
きょとん、とした顔がこちらを見やる。そんな顔も可愛いな、と思わずにいられない。
「日本では結婚を決めたらお嫁さんのご両親に『お嬢さんを下さい』って挨拶しに行くんですよ。」
「......結こ.....」
白い頬が一気に赤くなる。やっぱりあのときは素面じゃなかったんだな、と苦笑してしまう。
む、と眉を寄せた皇子の指がぱし、と額を弾いた。いた、と思わず漏らすと ふん、と皇子が顎を反らす。
「間違うな。俺がお前をもらってやったんだ。」
偉そうな口調の割にまだ頬が赤いのが可愛くてまた笑いそうになるのをなんとかこらえた。
「じゃあ僕が陛下に『不束者ですがよろしく御願いします』って三つ指つくことになるんですね。」
「それが日本流なのか?」
「はい。」
「謙虚すぎる。『使えない奴はいらん』とか言われるぞ。」
「その時はまた『駆け落ち』すればいいですよ。」
白い手を握る力を強めれば、くす、と微笑んだ皇子も握り返してくれる。その手を引き寄せると甘い香りの吐息が近付いて、自然と唇が重なった。
薄紅色の花びらがまた一枚、ひらひらと舞い落ちた。
同じ頃、ミレイから届いた写真添付のメールにすっかり祝賀ムードのアリエス宮に
「儂は認めぇぇぇぇぇぇぇええええええええん!!!!!!!」
という皇帝の雄叫びが空しく響き渡っていたとかどうとか。
end.
...............................................................
帰ったら一騒動間違い無し。
「だ....だい、じょうぶ、だっ!」
はぁ、と荒い息をつきながら丘を登る皇子はしかし明らかに大丈夫ではなさそうだ。この体力の無さは昔から変わってないな、と思う。あのときも今のように自分に手を引かれながら休み休み、この丘を登っていったのではなかったか。自分とのあまりの差に呆れつつ、なんだかほっとけない奴だな、と生意気なことを考えていたものだった。
「結婚式」の翌日から、皇子を連れてあちこちを歩いた。母の墓にも二人で花を供えた。先々で出会う誰もが自分だけじゃなく皇子にも親切にしてくれたのが嬉しかった。(仲がいいねぇ、と冷やかされたりもしたけど)
父とも久しぶりにゆっくり話をすることができた。と言ってももっぱら口を開くのは自分で、もとより寡黙な父は黙って耳を傾けていることが多かった。そんなところも相変わらずだな、と思わずにいられない。だからあの装束が両親が結婚した時に使った物だということも婆やの口から聞かされたのだ。
いつか坊ちゃまの大切な方が御越しになったら、と旦那様はずっと大事に取っておかれたのですよ、と目を潤ませる婆やの顔を見ているとこっちまでもらい泣きしそうになってしまったというのは父には内緒だ。
明日にはこの地を離れなくてはならない。毎日のように家に押し掛けてきていた近所の人達からは 寂しくなるよ、またおいで、と声をかけてもらった。たくさんのお土産は先にブリタニアに送ることにしている。あっという間の休日だった。
最後の記念にと足を運んだのは、幼かった自分達が別れた場所だった。
兄の外交にお忍びで同行していた皇子と出会い、友達になった自分が別れの日に皇子を連れてきた「とっておきの場所」。まだあの頃のまま残っているといいのだけれど、と思いながら丘を登ると、やがて覚えのある景色が見えてきた。
「着きましたよ。」
ほら、と指差した先に視線を向けた皇子の表情がぱっと明るくなった。それを見て、やっぱり来てよかった、と思った。
見下ろす丘の下は一面の桜。薄紅色の中にところどころ白や紅色の少しずつ色合いの違う花が雲を拡げたように咲き誇っている。その美しさは幼い頃の記憶のままだった。
「.......綺麗だな。」
「ええ。」
「またここに来られるなんて思ってなかった。」
「僕もです。」
さわさわとやわらかい風に花びらが舞っている。まるで地上に降る雪を空の上から見下ろしているようだ。
と、風に舞い上げられたのか、一枚の花びらがひらり、と皇子の髪の上に落ちた。動かないで下さいね、と告げて手に取ると、花びらはまたすぐに風の中に消えていく。
「.....初めてあなたの姿を拝見した時、僕は桜の妖精が降りてきたのかと思いました。」
「なんだそれ。」
不思議そうに皇子は首を傾げる。あの日、迎賓館を抜け出して散歩していた皇子は疲れて桜の木の下で居眠りをしていたらしい。舞い散る桜の下の可憐な少女を(そのときはそう思っていた)見た自分の、それが第一印象だったのだ。
「妖精じゃなくて残念だったな。」
「そんなことありませんよ。」
妖精よりも天使よりも美しくて尊い人。暗闇に捕われて、無限の地獄の中に堕ちていこうとしていた自分を引き止めて、救い上げてくれた人。離れるな、と言ってくれた人。この人の為ならば何も惜しいものなど無い。全てを懸けてこの人を守っていく。これからもずっと。
「今度は僕が陛下に御挨拶しないといけませんね。」
「いつもしてるだろう?」
きょとん、とした顔がこちらを見やる。そんな顔も可愛いな、と思わずにいられない。
「日本では結婚を決めたらお嫁さんのご両親に『お嬢さんを下さい』って挨拶しに行くんですよ。」
「......結こ.....」
白い頬が一気に赤くなる。やっぱりあのときは素面じゃなかったんだな、と苦笑してしまう。
む、と眉を寄せた皇子の指がぱし、と額を弾いた。いた、と思わず漏らすと ふん、と皇子が顎を反らす。
「間違うな。俺がお前をもらってやったんだ。」
偉そうな口調の割にまだ頬が赤いのが可愛くてまた笑いそうになるのをなんとかこらえた。
「じゃあ僕が陛下に『不束者ですがよろしく御願いします』って三つ指つくことになるんですね。」
「それが日本流なのか?」
「はい。」
「謙虚すぎる。『使えない奴はいらん』とか言われるぞ。」
「その時はまた『駆け落ち』すればいいですよ。」
白い手を握る力を強めれば、くす、と微笑んだ皇子も握り返してくれる。その手を引き寄せると甘い香りの吐息が近付いて、自然と唇が重なった。
薄紅色の花びらがまた一枚、ひらひらと舞い落ちた。
同じ頃、ミレイから届いた写真添付のメールにすっかり祝賀ムードのアリエス宮に
「儂は認めぇぇぇぇぇぇぇええええええええん!!!!!!!」
という皇帝の雄叫びが空しく響き渡っていたとかどうとか。
end.
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帰ったら一騒動間違い無し。
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