天人午睡-scene7-
少し日が傾いてきた。庭から吹き込んでくる風もやや冷たくなったようだ。閉めた方がいいだろうか、と思いながら傍らの少女を見やれば、相変わらず目を閉じたまま、眠りの中にあるようだった。
父親が母を殺したなど、この少女には受け入れがたい残酷な現実だったのだろう。それが彼女の心を閉ざしてしまった。一体どうすれば、この少女の心を呼び戻すことができるだろうか。
そこまで考えて思わず溜息をついた。どうして自分はこの少女にこだわっているのだろう。
弟に似ているから?
あの泉が戦の原因だから?彼女がその犠牲者だから?
スザクの妹だから?
また溜息が漏れた。わからない。そのどれも違う気がするしどれも当たっている気もする。
ふいに吹き込んだ風が冷たく感じられて、やはり開き戸を閉めようと立ち上がった。廊下に出るとやや重い木の扉をなんとか動かす。締め切ってしまうと暗くなるから風よけに一枚だけを移動させ、戻ろうとして隣の部屋にあるものに気がついた。
どうやら琴のようだ。天にあるものと形はさほど変わらない。あの少女のものだろうか。
なんとなく興味を引かれて近づくと二、三本、弦をつま弾いてみる。どうやらきちんと手入れをされているらしく音の乱れは無いようだ。
そういえば弟は、よく自分に琴を弾いてくれとせがんでいた。思い出すとなんだか懐かしくなって、久しぶりに弾いてみたくなった。
傍らに置かれていた琴爪をつけてみる。少しばかり細いが問題は無さそうだ。
細い弦を一本、二本、と弾く。応えて琴は美しい音を響かせた。覚えているままに音を奏でる。弟が好きだった曲だ。幼い頃はよくこの曲を聴きながらうとうとと微睡んでいた。母はあまり子守歌など歌わない人だったから、まるでこれが子守歌のようだと、兄達が笑っていた。
懐かしい故郷。優しい兄妹達。皆どうしているだろうか。会いたい。帰りたい。あの美しい故郷へ
「…まぁ、ルルーシュ様だったんですね。」
ふいに聞こえた声にはっと手を止めて振り向けば、ミレイが あ、と口に手を当てていた。
「ごめんなさい、どうぞ続けてください。」
「いや、悪かった。勝手に触ったりして…」
首を振ったミレイが小走りに近づいてくる。そしてやや声を潜めて言った。
「続けてください。…ナナリー様が聞いてらっしゃるんです。」
「え?」
驚いた。ミレイ達が何を話しかけても反応しなかった少女が、琴の音色に耳を傾けているというのか。
とりあえず思いつくままに弦をつま弾く。弟と一緒に練習した曲。妹によくせがまれた曲。兄が聴いていた曲。視界の端で隣室を伺うミレイが大きく頷いているのが見えた。
琴の音色は高く低く、日が傾くまで続いた。
さすがにいささか指が痛いな、などと思いながら隣の部屋に行ってみると、身を起こした少女の視線に捕まった。菫色の瞳にはやはり表情は無かったけれど、その目はまっすぐにこちらを見ていた。隣に座ったミレイが にこ、と微笑む。いつの間に来ていたのか、シャーリーが興奮した様子で声を上げた。
「あ、あの、とても素敵でした!なんだか私、聞いてて涙が出そうになりました!!」
お世辞ではないのだろう。事実シャーリーの目元には涙の跡がある。くす、と微笑んだミレイも同意するように頷いた。
「本当に素晴らしい音色でした。なんという曲なんでしょう?聞いたこともない曲でしたけど。」
「ああ、…俺の故郷のものだ。」
まぁそうなんですね、と二人が頷く。まさか天の音楽だなどとは言えない。
ふと少女をみれば、その視線は相変わらずじっとこちらに向けられている。顔に何かついていただろうか。気がついたようにミレイが少女にささやきかけた。
「ナナリー様。この方が先程の琴を弾いてくださったルルーシュ様ですよ。お兄様の大切な方です。」
「ち…違う!誤解を与えるようなことを言うな!!」
「あら、そうでした?」
そうでした、どころか正反対だろうに。更に言い募ろうとしたとき、誰もが口をつぐんだ。その目が小さな少女に向けられる。
それまで凍り付いたように動かなかった少女の顔に、初めて微かな笑みが浮かんでいたのだ。
「…ほら、ナナリー様も歓迎してくださってますよ。よかったですね。」
「…は?な…何言って、」
「ナナリー様。お兄様と呼んでくださっていいんですよ。これからはずっとここにいてくださるんですから。」
ね、とシャーリーと顔を見合わせるミレイに 違うだろ、と言いたくて仕方がない。だがどうやらこの少女は喜んでいるようなので、あまり強く否定できなかった。
こうなったら仕方がない。どうせ羽衣を取り戻すまではここから出られないのだから。それにどうもこの少女は放っておけない。せめて天に帰るときまでは面倒をみることにしよう。
それがせめて自分にできることなのだから。
そうしてミレイらとともにナナリーの面倒をみるようになって、日が経つうちに少しずつ変化が出てきた。人形のような顔にほんのわずかだが表情が表れるようになったし、話しかける言葉に時折頷いたり首を振ったりと、意志を示すことも増えてきた。いい傾向だろう。
聞けばあの琴は彼女の母親の形見なのだそうだ。ナナリーはよく母親と一緒に琴を弾いていたらしい。あの琴爪も彼女の母親のものだったのだ。ナナリーの母親が亡くなって以来、あの琴を弾く者は誰もいなかった。久しぶりに聞いた音色に何かを感じたのかもしれない。
夜も更けた頃、うとうとと微睡み始めた少女をミレイに任せ、部屋に戻ることにした。さすがに幼いとはいえ、同じ部屋に寝るのは憚られる。
いつものように庭に降りると馬場をつっきって向かいの離れに向かう。月が出ているせいで足元が明るかった。
あれから随分経つが、スザクは戻ってきていなかった。ミレイの話ではそろそろ片が付くようだ、ということだが、いつ頃戻ってくるのだろうか。
そこまで考えて慌てて首を振った。別に帰ってこなくてもいい。こっちはまだ羽衣の在処について手がかりさえ掴めていないのだ。スザクが帰ってくる前になんとかしないと、あいつがいたのではろくに部屋から出ることもかなわないのだから。
と、母屋の向こうがなんだか騒がしい気がする。馬の鳴き声と固い物音。何事だろう。
足早に部屋に戻ると扉を閉めた。まさかと思うが、主の留守を狙ったこそ泥とかじゃないだろうな。
「スザク様のお帰りでございますよ。」
突然背後から聞こえた声に飛び上がりそうなほど驚いた。振り向けば久しぶりに見る顔がそこにあった。
「…咲世子」
「お久しぶりでございます。」
そういって恭しく頭を下げたのは、最初の日に出会ったあの女官だった。そういえば、彼女にも随分会っていなかったがどこにいたんだろうか。
「いささか長引きましたが、この度の戦は我々が勝利いたしました。スザク様もご無事ですので、どうぞご安心ください。」
ご安心どころかご落胆だ、と言ってやりたかった。それなのに、なんだろうか。やけに安心しているのは。あんな奴、帰ってこなくてもよかったのに。
「ところで、ナナリー様のことですけれど」
ぎく、と体が強張った。だが予想に反して彼女はにこり、と微笑んでいた。
「シャーリー様からお聞きしました。ルルーシュ様がよく面倒をみてくださって、ナナリー様も随分元気になられたと。本当によろしゅうございました。スザク様もきっとお喜びになりますよ。」
どうだか。顔を見ただけであんなに怒ったのだ。大嫌いな天人が大切な妹の近くにいたなど、あの男が許すはずがない。これはまたろくでもないことになりそうだと気分が重くなった。
失礼いたします、と咲世子が去ると、しんと沈黙が降りる。耳を澄ましていると遠くからかすかにざわめきが聞こえてきた。祝杯でも挙げているんだろうか。それなら今夜はそのまま酔いつぶれて眠ってほしいものだ。
だがそんな淡い期待はやがて意外な形で消えることになった。
.........................................................
ご帰還です。
父親が母を殺したなど、この少女には受け入れがたい残酷な現実だったのだろう。それが彼女の心を閉ざしてしまった。一体どうすれば、この少女の心を呼び戻すことができるだろうか。
そこまで考えて思わず溜息をついた。どうして自分はこの少女にこだわっているのだろう。
弟に似ているから?
あの泉が戦の原因だから?彼女がその犠牲者だから?
スザクの妹だから?
また溜息が漏れた。わからない。そのどれも違う気がするしどれも当たっている気もする。
ふいに吹き込んだ風が冷たく感じられて、やはり開き戸を閉めようと立ち上がった。廊下に出るとやや重い木の扉をなんとか動かす。締め切ってしまうと暗くなるから風よけに一枚だけを移動させ、戻ろうとして隣の部屋にあるものに気がついた。
どうやら琴のようだ。天にあるものと形はさほど変わらない。あの少女のものだろうか。
なんとなく興味を引かれて近づくと二、三本、弦をつま弾いてみる。どうやらきちんと手入れをされているらしく音の乱れは無いようだ。
そういえば弟は、よく自分に琴を弾いてくれとせがんでいた。思い出すとなんだか懐かしくなって、久しぶりに弾いてみたくなった。
傍らに置かれていた琴爪をつけてみる。少しばかり細いが問題は無さそうだ。
細い弦を一本、二本、と弾く。応えて琴は美しい音を響かせた。覚えているままに音を奏でる。弟が好きだった曲だ。幼い頃はよくこの曲を聴きながらうとうとと微睡んでいた。母はあまり子守歌など歌わない人だったから、まるでこれが子守歌のようだと、兄達が笑っていた。
懐かしい故郷。優しい兄妹達。皆どうしているだろうか。会いたい。帰りたい。あの美しい故郷へ
「…まぁ、ルルーシュ様だったんですね。」
ふいに聞こえた声にはっと手を止めて振り向けば、ミレイが あ、と口に手を当てていた。
「ごめんなさい、どうぞ続けてください。」
「いや、悪かった。勝手に触ったりして…」
首を振ったミレイが小走りに近づいてくる。そしてやや声を潜めて言った。
「続けてください。…ナナリー様が聞いてらっしゃるんです。」
「え?」
驚いた。ミレイ達が何を話しかけても反応しなかった少女が、琴の音色に耳を傾けているというのか。
とりあえず思いつくままに弦をつま弾く。弟と一緒に練習した曲。妹によくせがまれた曲。兄が聴いていた曲。視界の端で隣室を伺うミレイが大きく頷いているのが見えた。
琴の音色は高く低く、日が傾くまで続いた。
さすがにいささか指が痛いな、などと思いながら隣の部屋に行ってみると、身を起こした少女の視線に捕まった。菫色の瞳にはやはり表情は無かったけれど、その目はまっすぐにこちらを見ていた。隣に座ったミレイが にこ、と微笑む。いつの間に来ていたのか、シャーリーが興奮した様子で声を上げた。
「あ、あの、とても素敵でした!なんだか私、聞いてて涙が出そうになりました!!」
お世辞ではないのだろう。事実シャーリーの目元には涙の跡がある。くす、と微笑んだミレイも同意するように頷いた。
「本当に素晴らしい音色でした。なんという曲なんでしょう?聞いたこともない曲でしたけど。」
「ああ、…俺の故郷のものだ。」
まぁそうなんですね、と二人が頷く。まさか天の音楽だなどとは言えない。
ふと少女をみれば、その視線は相変わらずじっとこちらに向けられている。顔に何かついていただろうか。気がついたようにミレイが少女にささやきかけた。
「ナナリー様。この方が先程の琴を弾いてくださったルルーシュ様ですよ。お兄様の大切な方です。」
「ち…違う!誤解を与えるようなことを言うな!!」
「あら、そうでした?」
そうでした、どころか正反対だろうに。更に言い募ろうとしたとき、誰もが口をつぐんだ。その目が小さな少女に向けられる。
それまで凍り付いたように動かなかった少女の顔に、初めて微かな笑みが浮かんでいたのだ。
「…ほら、ナナリー様も歓迎してくださってますよ。よかったですね。」
「…は?な…何言って、」
「ナナリー様。お兄様と呼んでくださっていいんですよ。これからはずっとここにいてくださるんですから。」
ね、とシャーリーと顔を見合わせるミレイに 違うだろ、と言いたくて仕方がない。だがどうやらこの少女は喜んでいるようなので、あまり強く否定できなかった。
こうなったら仕方がない。どうせ羽衣を取り戻すまではここから出られないのだから。それにどうもこの少女は放っておけない。せめて天に帰るときまでは面倒をみることにしよう。
それがせめて自分にできることなのだから。
そうしてミレイらとともにナナリーの面倒をみるようになって、日が経つうちに少しずつ変化が出てきた。人形のような顔にほんのわずかだが表情が表れるようになったし、話しかける言葉に時折頷いたり首を振ったりと、意志を示すことも増えてきた。いい傾向だろう。
聞けばあの琴は彼女の母親の形見なのだそうだ。ナナリーはよく母親と一緒に琴を弾いていたらしい。あの琴爪も彼女の母親のものだったのだ。ナナリーの母親が亡くなって以来、あの琴を弾く者は誰もいなかった。久しぶりに聞いた音色に何かを感じたのかもしれない。
夜も更けた頃、うとうとと微睡み始めた少女をミレイに任せ、部屋に戻ることにした。さすがに幼いとはいえ、同じ部屋に寝るのは憚られる。
いつものように庭に降りると馬場をつっきって向かいの離れに向かう。月が出ているせいで足元が明るかった。
あれから随分経つが、スザクは戻ってきていなかった。ミレイの話ではそろそろ片が付くようだ、ということだが、いつ頃戻ってくるのだろうか。
そこまで考えて慌てて首を振った。別に帰ってこなくてもいい。こっちはまだ羽衣の在処について手がかりさえ掴めていないのだ。スザクが帰ってくる前になんとかしないと、あいつがいたのではろくに部屋から出ることもかなわないのだから。
と、母屋の向こうがなんだか騒がしい気がする。馬の鳴き声と固い物音。何事だろう。
足早に部屋に戻ると扉を閉めた。まさかと思うが、主の留守を狙ったこそ泥とかじゃないだろうな。
「スザク様のお帰りでございますよ。」
突然背後から聞こえた声に飛び上がりそうなほど驚いた。振り向けば久しぶりに見る顔がそこにあった。
「…咲世子」
「お久しぶりでございます。」
そういって恭しく頭を下げたのは、最初の日に出会ったあの女官だった。そういえば、彼女にも随分会っていなかったがどこにいたんだろうか。
「いささか長引きましたが、この度の戦は我々が勝利いたしました。スザク様もご無事ですので、どうぞご安心ください。」
ご安心どころかご落胆だ、と言ってやりたかった。それなのに、なんだろうか。やけに安心しているのは。あんな奴、帰ってこなくてもよかったのに。
「ところで、ナナリー様のことですけれど」
ぎく、と体が強張った。だが予想に反して彼女はにこり、と微笑んでいた。
「シャーリー様からお聞きしました。ルルーシュ様がよく面倒をみてくださって、ナナリー様も随分元気になられたと。本当によろしゅうございました。スザク様もきっとお喜びになりますよ。」
どうだか。顔を見ただけであんなに怒ったのだ。大嫌いな天人が大切な妹の近くにいたなど、あの男が許すはずがない。これはまたろくでもないことになりそうだと気分が重くなった。
失礼いたします、と咲世子が去ると、しんと沈黙が降りる。耳を澄ましていると遠くからかすかにざわめきが聞こえてきた。祝杯でも挙げているんだろうか。それなら今夜はそのまま酔いつぶれて眠ってほしいものだ。
だがそんな淡い期待はやがて意外な形で消えることになった。
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ご帰還です。
この記事へのコメント
実はナナリーの生母が○○だったかもしれません。
それにしてもルルーシュの手になる琴の演奏とは…さぞや素晴らしいものだったでしょうね。
通常のスザクさんなら「僕にだけ弾いて!」と言うところでしょうが、この若様はどうだろう?(^^;
さて、若様ご帰還でルルーシュの処遇がどうかわるのか気になるところです。
次はアーサーの出番あるかなー?
これが琴じゃなく尺八とか琵琶だったら一気にシブくなっちゃうのが不思議なところです(笑)。まーいつものスザクさんならそれでもいいんでしょうねどねー...
アーサーですか?またちょこちょこと出ますのでお楽しみに。人気者だなぁあの子(笑)。
うーん、尺八や琵琶も個人的に好きなんですが、ここは横笛でお願いしたいです。天人にはやはり横笛が合うと思います(天使だと喇叭ですが)
アーサーはアニメのよりひと周り小さくイメージしてます。やっぱり猫はいい!
あとそろそろ天の方々が動き出してもおかしくないと思う頃合いですが、ひょっとして時間の流れが違ってたりします?
ナナリ-が少しずつ本来の彼女に近づいていて嬉しいです。
私もぜひルルーシュの演奏を聴いてみたい(笑)
次回のスザクの反応とルルーシュの処遇が気になります…!(>_<)
天人は基本的に人の世には干渉しない、ってのが原則なんでさてどうなりますやら。まぁこの辺はごにょごにょ。
天使がラッパ吹くと最後の審判とか恐ろしげなイメージがわくんですが(ーー;
横笛吹いてる天人の彫刻は法隆寺とかで見たような気がしますね。「ひゃらーりひゃらりーこー♪」とか言うと年齢がバレますかそうですか(笑)。
アーサーって某公式アンソロの表紙イラストとか見ると結構でぶ(笑)。でもかわうい(*^^*)。だからついつい出番作ってしまうんですよね~ ぬこらぶ。
>つばさ様
ナナリーはかーなーりお転婆姫だったと思います。公式でもあのまま成長してたらマリアンヌ様二号になってたのではと思うとちょっと怖い...(^^;
ルルの生演奏を聴くにはスザクさんの許可がいるかもしれません。ふぁいとー(笑)。
次回若様ご帰還です。ルルの運命やいかに。