escape -Innocent World extra-

 空が高い。
 久しぶりに見る日本の空はブリタニアと違ってどこか柔らかい色をまとって見える。湿度の高い気候のせいだと思うが、この空を見上げていると気持ちまでなんとなく和らいでくる気がする。
「やっぱりしばらく来ないと変わるものだね。」
 公園と歩道とを隔てる柵にもたれたスザクがぽつりと言った。この辺りはよくリヴァルのバイトにつきあってチェスの代打ちへの行き帰りに立ち寄った。あの頃は行き交う人々もブリタニア人がほとんどだったが、今ではその比率が逆転している気がする。もっともブリタニア資本で日本に支社を残している企業などもこの辺りは多いから、地方都市に比べればブリタニア人の比率が高い方だろう。
「あ」
 妙な声に振り返れば ほら、とスザクが目で向こうを示す。そこには懐かしい制服姿の学生達がいた。
 早くから日本人、ブリタニア人問わず門戸を開いていたあの学園にも随分日本人が増えたようだ。まだ両者の壁は完全に取り払われたとは言いがたいだろうが、少しずつでもその境界が無くなってくれればいいと思う。そうしたら恐らくこんな風に、やたらちらちらと通りすがりの人間に物珍しげな視線を投げられることも無くなるだろう。
「....ルルーシュ。帽子取っちゃだめだよ。」
「いいだろ。3年もすれば人間の記憶なんて薄れるものだ。」
「....そうじゃなくて.....ああもう...」
 ほんとに君は鈍感というかわかってないというか、とぶつぶつ言いながら ひょい、と帽子を取り上げたスザクにまたそれを被せられた。いい加減用心のし過ぎのような気もする。3年前に死んだ稀代の悪逆皇帝がこんなところでのんびり通行人を見ているなど誰も思わないだろうに。
「とにかく、頼むから明日は部屋でおとなしくしててよ。僕はナナリーの護衛と会議で動けないから。C.C.に何か言われてもついていったら駄目だからね。」
「....お前はどこかの過保護な親か。」
 だって君は危なっかしいから、と真剣な顔で訴えられて何となく苦笑が漏れる。
 明日から日本で開催される主要国の首脳会談の為にナナリーが来日するというので、スザクもその護衛と騎士団幹部との会議の為に同行することになった。それに便乗してついてきたのだったが(なぜかC.C.までくっついてきた)折角なので少しばかり懐かしい場所を見に行こうとしたら、たちまちみつかってうるさい保護者付きの道程になってしまった。ルートは完璧だと言っているのに頑として引こうとしないのだから困った石頭だ。
「いい?他にどこか行きたいところあったら言って。C.C.に代わってもらって一緒に行くから。」
「あいつを会議の席に放り込む気か?口を開けばピザのことしか言わないぞ。」
「いいじゃない。黒の騎士団で世界一のピザ作りに挑戦、とか。」
「....それをやったらお前、藤堂に呼びつけられて正座だぞ。」
 それにそういったことは正義の味方の仕事ではない。たぶん。



 教授が留守ということで講義が休みになった。この後デートだという友人のうきうきした後ろ姿を見送って、通い慣れた道を一人で歩き出すと、なんとなく溜息が漏れた。
 自分とてもう21歳、デートなるものの経験が皆無というわけではない。幸か不幸か交際を申し込んできた相手は既に両手足の指の数で足りない。そこそこ気が合って一度や二度、映画を見に行ったり食事をしたり、といったことはあったが、そこまで、なのだ。せいぜいが友達どまり。
 そのことを高校時代の同じ生徒会メンバーだった友人に話したら、「うーん、まぁ大抵の男より男らしいからなぁ、カレンはさぁ。」と笑われたので一発殴っておいた。
 周囲の女友達には 高望みしすぎなんじゃないの、と言われるが別にそんなつもりは無い。少しばかり自分より体力が劣ってようが理屈屋だろうが素直じゃなかろうが頭がいい割にどこか抜けてようが凄いシスコンだろうが、自分がその人を好きになってしまったら気にしないと思う。ただ   優しすぎる人は困る。ちょっと。
   何考えてんだろ 私。
 はぁ、ともう一度溜息をついて鞄を ぽん、と肩に担ぐ。そういう仕草が男らしいんだって、と友人は言うが。
 デートの予定も無ければバイトも今日は休み。ぽっかり空いてしまった時間をさぁどうしよう。
 そう思って何気なく通り道の公園に目を向けたとき       足が止まった。
「....え...?」
 そこにいたのは二人連れ。こちらに背を向けている青年は服装などからして恐らく自分と同じぐらい。色素の薄い栗色のくせ毛。でも肌の色からしてやはり日本人だろう。もう一人はブリタニア人か。連れに比べるとほっそりと華奢なせいで女性かと思ったが、どうやら少年のようだ。せいぜい18、19といったところか。帽子に隠れて顔はよく見えないが、艶やかな黒髪が白い肌によく映えた。
 なんだろう。なんだかとても気になる。兄弟ということはないだろう。友人同士だろうか。この辺りは比較的ブリタニア人も多いから、こんな組み合わせもそう珍しくはないのかもしれないけれど、何か話している姿はとても親しげで。なんだか      なんだかとても、懐かしい。泣きたくなるぐらいに。
 と、青年の方がわずかにこちらを振り向いた。その瞬間、忘れもしない翡翠の瞳が見えた気が、した。



「....ルルーシュ。そのままむこう行って。」
「は?」
「顔上げないで。そのまま。何気なくね。」
「....何があった?」
「いいから。先に行って。追いつくから。」
 警戒した様子のスザクの表情に刺客も含め112通りのパターンを想定したが、とりあえず促されるまま歩き出す。しばらくスザクはその場を動かなかったようだが、あまりにも追ってこないものだからそっと振り返ると逆方向に向けて走り去る姿が見えなくなるところだった。
 一体何があったのか、呆気にとられて思わずぼんやり立ち尽くしていると、ついさっき向こうへ走っていったと思った姿が突然目の前に現れてぎょっとさせられた。
「立ち止まってないで!早く。こっち!」
「は?ぅわ!!」
 ぐい、と腕を引かれてつんのめりそうになりながら走り出す。何だって言うんだ一体。
「おいスザク!なんだ!説明しろ!」
「しっ、追ってきてる!」
「何がだ!」
「カレン。」
「は??」
「来た!」
 思わず振り返ると スザクが更にスピードを上げたせいで転びそうになった。振り返らないでよ、と叫ぶ体力馬鹿に引きずられるように必死に足を動かした。
 一瞬見えた赤い髪。間違いなくカレンだ。顔はよく見えなかったが確信した。しかしこの状況、なんだか昔スザクの家の土蔵に積んであった昔話の絵本にこんなの無かったか。山姥が追ってくるのにお札を投げて助かる、とかなんとか。そういえば日本の創世神話にもイザナギという神が妻を探して冥府に降りて、追っ手の鬼を撒く為に櫛の歯を投げたらどうとかこうとか。
「大丈夫?」
「...そう、見え、る、か??」
 実際きつい。くだらないこと考えて現実逃避してないと死にそうだ(死なないが)。なんだってこのペースを維持できるんだ、この化物は。
「...追いつかれるな。」
 ぽつりとスザクが呟いた。こっちはもうどうでもいい、という気分だったが。
「もうちょっと、あそこまで頑張って。」
「....は?」
 もうちょっと、とスザクが指した方は公園の管理施設の建物がある。あの陰にでも隠れる気だろうか。ともあれ一休みできるならいい、と思いながら終着点を目指した。




 なんで走ってんだろ、私。
 目の前を走り去ろうとする二人を追いかけながらそんなことを思う。
 だって。そんなはずがない。きっと違う。でも。
 ちら、と一瞬こちらを見た青年の横顔。3年の月日に少し大人びていたけどやっぱりどこか幼いその顔は、戦場で何度も見えた宿敵。そして、同じ生徒会の仲間。その隣の華奢な少年は
 そんなことはありえない。だって彼はもういないのだから。けれど、そこにある姿は3年前のあの時間からそのまま抜け出てきたようで。
 彼らをつかまえてどうしようというのだろう。なんで嘘ついたの、となじりたいのか、ごめんなさい、と謝りたいのか。わからない。とにかく、追いついてから考えればいい。
 腕を引かれている少年は限界が近いのだろう。随分息があがっているようだ。先を行く青年はしかしまったくペースを落とさない。その姿が公園の管理施設とおぼしき建物の角を曲がって消える。その後を追い、角を曲がると
「...あ....れ....?」
 息を整えながら、更に先へ足を進める。だが二人の姿はどこにも無い。まるで全て幻だったかのように。
 違う。幻なんかじゃない。確かに見た。ここにいた。    生きていた。
 走りながら、一瞬こちらを振り返った少年。長い前髪の間から見えた美しい紫紺の瞳。見間違うはずが無い。
「....ルルーシュ」
 じわりと目元が熱くなる。なんだか泣きたいのか怒りたいのか、それとも笑い出したいのかよくわからない。でも。

 あの馬鹿。あの馬鹿。あの、馬鹿!!!

 こうなったらとことん探し出して皆の前に突き出してやる。よくもだましてくれたわね。覚悟なさい。あの、大嘘つき。
 くす、と笑いを漏らして勢いよく目元を拭うと、カレンは再び走り出していった。




「....行った、かな。」
「....なら降ろせ。」
 走り去るカレンの後ろ姿を木の上から見送り、ふう、とスザクが息をつく。確かに間一髪だったが、この状況は面白くない。人間一人抱えて木の上に跳躍するなど一体どういう脚力だ。しかもこっちは依然抱えられたまま、スザクにしがみついている状態だ。体力の違いをこうもまざまざと見せつけられるとさすがに不愉快だ。
「じゃ、掴まってて。」
「は?ほわあぁぁぁあ!!??」
 ざざっ、と耳元で騒ぐ葉ずれの音と共に急速な落下感に襲われ思わず妙な声が口をついて出た。自分を抱えて木の上から飛び降りたスザクはなんでもなさそうに着地すると、にこ、と笑った。
「危なかったね。」
 すとん、と足を降ろされてもしばし呆然として首に回した腕をそのままにしていると、ふいに ちゅ、と頬に唇を落とされ慌てて離れた。おかげで収まりかけた動機がまた一気に跳ね上がった。
「っな、何するこの馬鹿!!」
「ほら。そういうところが隙だらけだって言うんだよ。」
だから一人で出歩かないでね、危ないから、と結局話はそこに落ち着いた。
 ちら、と向こうを見ればもうカレンの姿は無かった。まだ公園中を探しているのかもしれない。
「カレンの学校、この近くだったみたいだね。」
「...ああ。」
 結局カレンは一年留年したものの無事アッシュフォード学園を卒業し、母と暮らす家から大学に通っているらしい。
 3年ぶりに見た彼女は以前よりも大人びて、美しい女性になっていた。もっとも赤い髪を振り乱して走ってくる様はあまり昔と変わっていない気がしたが。
「みつかる前に逃げようか。」
「そうだな。」
 でも走るのはごめんだ、と言うと くす、と笑ったスザクが手を差し出す。その手を取ってゆっくり歩き出した。
「そこを右だ。カレンの追跡コースを考えると左はまずい。」
「出口無いよ?」
「柵を乗り越えればいい。すぐ歩道だ。」
「了解。」
 空は快晴。赤い髪の彼女は今もこの空の下を走っているのだろうか。悪いが今日は退散させてもらおう。
 どうか元気で、と彼女の瞳のような色の空に向かって呟いた。






end.



..............................................................................

すんません、突発です。
ちょっとこのぐらいはいいかな、と思って。
あのままじゃやっぱ傷になってどっかひっかかるんじゃ
ないかなぁ、と。

彼女はこの後玉城の店に駆け込んだかもしれない。
(^^;




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この記事へのコメント

2009年05月16日 06:04
そうして、カレンが一生懸命に説明する話に驚いたり、ちゃかしたり、怒ったりする人たちがいて。
リヴァル辺りと再び探索してそうな・・・。
雪蘭
2009年05月16日 06:16
恐らく日本を発つまでルルには外出禁止令が出されたことでしょう。(^^; 迎賓館近辺に怪しげな連中がうろうろしてたりね。

Rinka
2009年05月17日 03:03
ネガティブかつ批判っぽい内容で申し訳ありません。
最後の「玉城の店~」が読んでいて辛かったです。
敵対している宰相の心理攻撃に乗せられてトップを売った人間に勇んで報告に行くってどうかと思いました。
ゼロが出現する前からレジスタンスだったのに、責任を全部押し付ける大人達が、現在幸せに暮しています。裏切った挙句に死んだと思ってた相手は実は生きていました。嬉しいです、これで寂寥感も罪悪感が薄れました、めでたしめでたし的内容はきつかったです。
私見ですが最終話、あの戦時下で子供、新宿ゲットー虐殺の純血派の人間が子供、首相夫人って厚顔無恥過ぎ、とハッピーエンドに無理を感じました。
許しは大切でしょう。しかしルルーシュと騎士団では相当重いでしょう、ロロは死亡ですから。正直私には想像がつきません。
以上は私の私見であり、お目汚しかと思います。しかしInnocent本編でお墓すら無縁仏扱いなのに、片や生きていればどんな過去を持つ人間だろうと幸せを享受することが当り前(ゼロレクの狙いなのかもしれませんが)というのは、読んでいて辛かったです。
雪蘭
2009年05月17日 04:03
こんにちは。ご来訪ありがとうございます。

本編ラストを見終わって、旧騎士団の皆さん及び首相夫婦には私も正直憤りを感じずにはいられませんでした。
市井に下りても自分たちが今まで何をしてきたかということは常に忘れないでいてほしいし、彼らなりに我が身を振り返って今何ができるかということを考えてほしい、と思ってます。
これが藤堂さん辺りだと、とことん軍人として戦いに身を捧げる、って答えになってるのだと思いますが。
まぁ実際、カレンの目撃報告を彼らがどこまで信じるかはわからないですけど(どの道もう二度と会わないでしょうし)、改めて我が身を顧みる切欠になってくれればと思うのです。(ほんと、人の記憶って薄れますからね)
貴重なご意見ありがとうございました。
「Innocent~」本編はもうちょっとで終了ですので最後までお付き合い下さい。

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